自動振替のお客様を何とか増やそうとしていることを以前にも言っていましたが、私自身の考えに少し変化がありました。
なぜ、自動振替の顧客を増やしたいのか、というと、やはり業務の効率化のほかありません。
今の時代、コンピュータやその他の機械などで、いろんなものが速く、しかも正確にできるようになってきていますよね。
新聞店でも、顧客管理はコンピュータ、折込チラシも折込機で効率がよくなっています。
ただ、配達だけはどうしても人の手がないとできない(機械化できない)。
集金に関しては、自動振替、コンビニ払い(これも極最近のことです)、クレジットカード払い(これも最近のことです)などで効率を上げられます。ですから、「何とか一軒でも多くそういう顧客を増やしたい(訪問集金じゃない顧客を増やしたい)」ということになってくるのは販売店として自然なことだと思います。
お客様のほうはどう思っているでしょうか。
もちろん、十人十色といいますが、いろんな人がいますから、一言ではいえませんが、訪問集金を希望するお客様は、こちらとのふれあいを求めていると思います。
よく、「集金に来るのは、もう新聞屋さんだけだからねぇ。」なんてい人がいます。
こちらとしたら、「だったらこっちもしてもらいたい」とそういうときに思いますし、実際会話の流れから言えるときは半分冗談交じりにそうお願いしています。さすがに、強くお願いすることはないですが、話をしているとやはり集金に来てもらいたいというのがこちらにも伝わってきます。
何ヶ月か前の話ですが、ある固定読者のおじいさんが「集金大変だろうから、コンビニ払いにしてあげようか?」といってくれました。
そういってくれたことにそのときは私自身がびっくりしました。というのは、その人こそ、私との集金のときの何気ない会話を求めていると思っていたからです。
はじめのうちは「いやぁ、ちゃんと来ますからいいですよ。」って言いましたが、何回かそのことを話してくるので、「本当にそれでいいのかな?」と思いながらもコンビニ払いにしてもらうことになりました。
次の月の月末、配達員さんが新聞をその人のポストに投函しているときに家から出てきて「新聞を止めてほしい」といってきました。
あわててその日のうちに訪問し、「やはり、支払い方を私が甘えたのが悪かったですか?」ってそのままのことを聞きましたが、「いや、そんな小さなことではないよ。ちょっといろいろあって新聞を休みたいだけだから」って言われました。
今思えば、「ちゃんと毎月顔を見せに来ますよ」だとかそういった言葉を期待していただけだったのかもしれないなとも思います。それこそ、そういう会話を欲していたのかもしれないなって。
新聞そのものはその人にとってあってもなくてもいいものなのかもしれません。ひょっとしたら、そういう人って結構いるのかもしれません。そう思うと、「訪問集金」というのは訪問して会話をすることそのものに意味があり、人によってはそれ自身を新聞店に求めているのかなって考えてしまいます。
そのお客様はまた購読してもらえるようになりましたが、もし同じようなことをいってきても、「月に一度ぐらいは顔出さないとね。またいろいろ教えてくださいね」なんて答えることになると思います。(ひょっとしたらそう言ってもらえるのがうれしいのかな?)
どれだけ言ってきても、相手の思いがわかった以上その人とは会話を大事にします。
他にも訪問集金のほうがいいという理由はありますが、今回は自分への教訓として書いてみました。
次回は、訪問集金にしている理由の一つで、新聞店の側の「負」の部分について書いてみます。
そして、私から見た、新聞業界の負の部分も少し、自分の首を絞めない程度に少しづつ書けていけたらと思っています。
Author:ようみん
小さな新聞販売店の店主。
禁煙してはや7ヶ月が過ぎ、気持ちがぐらつきながらも踏ん張っている意思の弱い生き物。
何回となく試みた禁煙も落ち着き、次はダイエットに挑戦中。
この間、2キロやせてたので喜んだら、体重計が壊れているだけだった・・・。
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